幸福の定義について
ストレングスファインダーで有名なトム・ラスは、著書「幸福の習慣」の中で、50年以上におよぶ幸福の調査・研究でわかった、充実した人生を実現する確かな方法として、世界150ヶ国調査で共通する「5つの要素」を明らかにし、解説しています。
1.仕事の幸福: 仕事に情熱を持って取り組んでいる
2.人間関係の幸福: よい人間関係を築いている
3.経済的な幸福: 経済的に安定している
4.心身の幸福: 心身共に健康で活き活きとしている
5.地域社会の幸福: 地域社会に貢献している
また、オックスフォード大学感情神経科学センター教授であるエレーヌ・フォックスは、著書「脳科学は人格を変えられるか」の中でこう述べています。
あなたがものごとをどう見るか、そしてそれにどう反応するかによって、実際に起きることが変化する。
それが、心理学が解き明かしたシンプルな事実。しばしば見落とされがちだが、強力な事実だ。あなたの行動スタイル、ものごとのとらえ方、そして生きる姿勢こそが、あなたの世界を色づけ、あなたの健康や富を、そして幸福全般を規定する。世界を色づけ、起きることを左右するこうした心の状態を、わたしは「アフェクティブ・マインドセット(心の姿勢)」と名づけている。
これは、「幸福の習慣」の中の、「4.心身の幸福」について、より深掘りした内容と言えるかもしれません。
いずれにしても、幸福を科学によって解明した本は多数出ており、そういった意味では、人は容易に幸福の方法論にアクセスできるようになりました。
一方、「幸せの定義は人それぞれ違う」という考え方もあります。クリエイターの中には、「いやいや、作品制作のためなら他の全てを犠牲にできる」という価値観で、ともすれば破滅的ともとれる生き方を選ぶ人もいます。実際、私にもそういう価値観だった頃がありました。
では、太宰治は幸せだったのでしょうか。
以前、知人と幸福論について語った際、太宰の幸福感について考察したことがあります(もちろん、幸福は他人が決めるものではないという前提の上で)。
その結果、私の中で明確になったのが、以下の内容でした。

簡単に解説すると、科学的な幸福の条件と、自分の主観的な幸福が明確に一致する場合、幸せであるか不幸であるかは、誰から見ても明らかですが、そこが一致しない場合は、かなり主観的で偏った幸福しか得られないということです。
ちなみに②と③の領域に関しては、心理学的には「認知の歪み」と呼ばれていて、少なくとも持続可能な幸福感は得られないことがわかっています。一時的にしか満たされないから、渇望するように幸福を求め、ようやく手に入れた幸福もまた、すぐに消え去るから、麻薬中毒患者のように幸福を求め、すがるようになります。
もし、太宰が「いい作品を書く」ということに幸せを見出していて、そのために他の全てを犠牲にしていたのなら、この表で言うところの③の領域だったと想像できます。
②と③の領域の人たちが、自分で胸を張って「幸せだ」と言えるのであれば、他人が口出しするのは無用でしょう。しかし、①の領域に入るための方法論もまた、かなりの精度で確立されています。それが、カウンセリングやコーチングという領域ですね(弊社もカウンセリング、コーチングやってますので、ご興味ある方はコチラからお問い合わせください)。
今までの私なら、「幸せとは何か」について問われれば、この表のことだと答えていました。ところが、この表のどこにも当てはまらない人と出会ってしまったのです。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者となった友人と再会した。
大学時代の後輩であるMとは、教育関係者ということもあり、数年に一回は連絡を取り合う関係でした。私の結婚の報告だったか何だかで、電話した際、共通の友人であるKの話になりました。Kとは、Mの結婚式(約10年前)以来、会っていません。
私「そういやKって最近どうしてんの?家近所やろ?」
M「あぁ、彼ちょっと体調崩してて……。」
話を聞くと、数年前にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、3年ほど前から人工呼吸器を使用していて、顔の筋肉以外はほとんど動かせない状態ということでした。
ALSと言えば、ホーキング博士の病気です。他にも、漫画「宇宙兄弟」の中で取り上げられている病気なので、知っている人も多いかもしれません。
私は言葉を失いました。
一瞬、「お見舞いに行こう」と言いかけたのですが、いろんなことを想起して、言葉にするのをやめました。
どんな顔して会えばいいんだろう。
そもそもそんな難病の人に、会いにいっていいんだろうか。
迷惑じゃないだろうか。
会ったところで、何て声をかければいいんだろう。
向こうが会いたくないと言うかもしれない。
その場では、電話を切り、数日間、もやもやした日々を送りました。
ALSかぁ……。
調べてみると、国内の患者数は9600人。難病指定されている不治の病です。脳からの信号が筋肉に伝わらなくなる病気で、体が動かなくなっても意識ははっきりしています。人工呼吸器をつけずに死を選ぶ人が7割で、人によって進行速度が違い、ゆっくり進む人もいれば、途中で進行が止まる場合もあるそうです。
ホーキング博士の映画も見ました。「博士と彼女のセオリー」という映画です。
博士が21歳の時に発症し、余命2年と言われ、途中で進行が止まり、そのまま76歳まで天命を全うしたことが描かれています。
そうか……。余命があるのか……。もしかしたらKも宣告されてるのかもしれないな。
7割が死を選ぶ病で、生きる決断する時、どんな心境だったのでしょうか。どちらを選ぶにしても、とても勇気のいる決断です。
会いにいこう。
もちろんKが会ってくれるかにもよりますが、今会っておかなければ、絶対に後悔する。そう思いました。
MづてにKのお母さんと連絡を取ってもらい、大学時代の地元である滋賀県まで、Mと2人で会いにいくことになりました。
いざ会ってみると、(寝たきりなのにこういうのも変かもしれないけど)Kは元気そうでした。血色もよく、わずかに動く顔の筋肉で、歓迎してくれました。コミュニケーションは、Kの視線と50音のかかれたプレートを使って、お母さんが通訳してくれ、会話の途中で、笑ってくれてるのも何となくわかりました。
もしかしたら、結婚した話とか、私の人生がうまくいってる話とかは、しないほうがいいかなと思っていたのですが、話してみると、目をキラキラさせて聞いてくれました。もちろん、本心はどうかわかりません。顔の筋肉と、目線で、何となく私がそう感じたということです。
少なくとも、そこには病気や人生に対する悲壮感はないように見えました。
コミュニケーションをとるのも疲れるだろうから、こちらも気を使って30分ぐらいでおいとまするつもりだったのですが、彼の質問が止まらず、結局1時間ぐらい談笑を続けました。
最近の近況は?
バンドはまだやってんの?
2人は頻繁に連絡とってるの?
他の友達はどうしてる?
そこには、病気になる前と何も変わらないKがいました。
嬉しそうでした。そして、私も嬉しかった。
一度お見舞いに来ると、二度目以降のハードルは下がります。
「また来るよ。」
そう言って、その場を後にしました。
帰りの電車の中で考えました。
彼は幸せなのかな?
少なくともトム・ラスの言う、幸せの「5つの要素」は満たしていないはずです。でも、何となく、私には幸せそうに見えました。もちろん、久々の再会で、その場だけテンションが上がってただけなのかもしれません。でも、別れ際の表情を見る限り、彼はきっと、また会えることを楽しみにしてくれてるんだと、私は感じました。
仮に、彼が幸せなのだとしたら、私の作った表の中では③の領域(科学的幸福は低く、主観的幸福は高い)に分類されることになります。でも、それって認知の歪みではないんですよね。こんな表で語られるようなものではなく、もっと達観したような幸福なのだと思います。病気のことも受け入れた上での、幸福なのだと思います。
ここまで考えて、ある言葉を思い出しました。
ポスト・トラウマティック・グロース(心的外傷後成長)
大きな心の傷になるような衝撃的な出来事の結果として経験される肯定的な心理的変化のこと。
人の脳には、いかなる状況であっても、前を向ける機能が備わっています。
今、彼と50音のプレートを使うことなく、自由に話すことができたとすれば、どんな話が聞けるでしょうか。きっと私には見えない視点から、人生を俯瞰しているんだろうと思います。
そんなことを考えながら夜風に当たり、「あぁ、もう春の匂いがするな」と、学生時代のKとの、何気ない会話を思い出すのでした。
<著者プロフィール>
眞蔵 修平(まくらしゅうへい)
代表取締役CEO・元数学教師/教育問題漫画家・自己変革支援コーチ
立命館大学理工学部卒業後、公立中学校に赴任。教育現場の劣悪な環境に違和感を感じ、外側から教育現場を変える様々な活動に参画。2017年Lennon’s Loupeを立ちあげる。同時に、様々な教育系企業と関わりながら、自身の創作活動やコーチングスキルを教育現場と結びつける活動を開始。多様性を認め、誰も苦しまなくていい環境、誰もがのびのびと生きていける環境を、教育現場を超えて提案していきたい。詳細はコチラ。
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