眞蔵修平
漫画家が「自宅で集中できない」をいかにして克服したか。
更新日:2020年5月18日
コロナの影響で、在宅ワークが当たり前になり、ネット上で「自宅で集中できない」という言葉を散見するようになった。
思い返せば11年前、脱サラした直後の私の最大の悩みがまさに「自宅で集中できない」だった。
漫画家をやっていると、「どうやって集中力を持続させてるんですか?」と聞かれることがしばしばあるけど、その度に、私はある人との会話を思い出す。当時、一日15分も机に向かえなかった私が、一日中描けるようになったのは、あの時の会話があったからだ。
自分の原稿ではまだまだ食えなかった神戸時代、近所にたまたま北尾輪郭(きたおりんかく)先生という漫画家がいた。無名ではあったけど、とても芯が強く、心優しい人間味あふれる人で、私は先生のもとでアシスタントとして働けることを、誇りに思っていた。
原稿にペンを走らせながら、輪郭先生と雑談していると、話題が自宅での集中力の保ち方の話になった。
輪郭先生「何で描く気にならないと思う?」
私「……意志が弱いんだと思います。もしくは他の作家に比べて、漫画への愛が弱いのかもしれません。」
輪郭先生「違うよ。君は環境の整え方が下手なんだ。」
私「環境?」
輪郭先生「そう。仕事部屋は快適に。それ以外は不快適に。」
私「…………?」
輪郭先生「人間というのはね。本来、意志が弱い生き物なんだ。だからこそ集中できる環境を整えることが重要なんだよ。普通の人はさ、自宅を快適な空間にしようと思うだろ?特にリビングなんかは、ソファーを置いたり、テレビを置いたりして、だらだらできる環境を整えようとする。でもね、それは職場と自宅が分かれてる人だけに与えられた特権だ。俺たちのような、自宅が職場である職種が、それをやると、この業界では生き残れないよ。」
私「……先生もそうなんですか?」
輪郭先生「俺、めっちゃ意志弱いよ(笑)多分、同じ環境だったら、眞蔵くんよりだらだらしちゃうと思う(笑)てか、みんなそうだと思うよ。少なくとも俺は見たことないね。意志の強い人なんて。」
その日を境に、私は自宅の環境を整えることにした。
当時、年収150万円だった私が、なけなしの貯金をはたいて27インチのiMacを買い、肩こり・腰痛対策に17万円のビジネスチェアを購入、道具や資料をたくさん置けるように横幅150cmの、少し大きめの机を買った。
心理学的に、背後に空間があると集中力が下がるらしいことを知り、机を部屋の中心に向かうように配置し、背後には本棚を設置。振り返れば、椅子に座ったまま資料に手を伸ばせるようにした。
また、当時、エアコンのなかった仕事部屋にエアコンを設置し、インターネット回線も、最新・最高速のものにした。
とにかく、私は仕事部屋にお金をかけることを惜しまないことにした。
が、これではまだ半分である。
仕事部屋を快適にするだけでなく、次はそれ以外を不快適にする。
私はベッドを捨てて、毎日布団をクローゼットに上げ下ろしする習慣をつけた。これにより、仕事の途中でベッドに飛び込む習慣がゼロになった。
テレビを捨て、リビングのエアコンは主電源をオフにし、ダイニングテーブルは残したまま、椅子は捨てた。椅子のないダイニングテーブルは、立っていても、膝をついても中途半端な高さで、食事をするには都合が悪い。これによって、食事にかける時間が激減し、食後だらだらテレビを見続ける習慣がなくなった。
さて、これらを実行することでどうなったか。
嫌でも仕事部屋に向かうのである。エアコンのないリビングでだらだらするより、年中適切な温度に設定されてる仕事部屋の方が快適だからだ。日中眠くなったときも、「布団をクローゼットから出さなければならない」というハードルがあるおかげで、快適なビジネスチェアで極々短い仮眠を取ることで対処するようになった。
そして、その快適な仕事部屋には、漫画を描くこと以外に何もやることがない。漫画を描くか、暇を持て余すか。